いつも心に太陽を。
「われわれは万物の根底を見極めようとするあまり、その底に取り残される」
イッポリット・テ−ヌ
キャバ嬢に限らない話なのだが、ここ最近、たて続けに知人の女の子から悩み相談を受けている。
なぜ俺なんかに?と疑問に思うこともないでもないが、友人でもなく、今さら口説かれる心配もなく、自分がその気になる可能性もないという、都合の良いポジションにいるのだろう。(嬉しくない)
その悩みの詳しくは本人たちの手前、書くことを控えるが、簡潔に一言で言い表わすと「自己実現」に限られている。
なんというか俺から見ると、皆それぞれ「自分」の存在などに悩む必要もあるのか、と思うくらいそれぞれ魅力的な子たちなのだが、生まれ持って備わっているもの(外見、親の資産等)というのは、本人たちにとっては当たり前の前提として考えてしまうのだろう。
何者かにならなければならない。
生きていれば誰だって、悩むことである。
しかし、彼女たちがなりたい「何者」ということを良く聞くと、「有名になること」と「愛されること」に集約されるので、俺はほとんどその「自己実現」の方法論には口を出さないことにしている。
こうしたら良いとか、もっと頑張れ、などとは決して言わない。
なぜなら、俺が何を言おうと彼女達の悩みは解決しないからである。
彼女達の悩みを解決してくれるのは、著名なプロデューサーであったり、資格試験の採点者であったり、どこかの金持ちであったり、じゃなかったら彼女達自身も愛したくなるほどの異性のみである。(ただし、解決したといっても根本的なものではなく一時的なものでしかない)
ただ、彼女達の「自己実現」を直接手助けしてくれる人物など滅多に出会えるわけはない。
それで、残念ながら、そのいずれにも該当しない俺が、なにも解決は出来なくても、吐け口として求められたのである。(と思う)
まあ、俺自身の役回りなどどうでもいいのだが、彼女達の話を大人しく聞いた後、一つだけ口にすることがある。
要約すると、それは、
君が××になれたら凄いことだと思うし、××を目指して頑張っている姿も、とても魅力的だけど、例え君が××になれなくても変わらずに魅力的だよ。
ということだ。
まあ、こうやって文字にするとカッコ付けたように思えるが、単に俺はこの、
何者かになるために頑張ることのみが善である
という風潮が好きではないのだ。(色んな人が似たようなことを語っているが)
俺自身何も頑張っていないので、自己擁護に近い意見になってしまうが、
なぜ、個性がなくちゃいけないのか。
なぜ、自分をアピールしなくちゃいけないのか。
なぜ、人より有名に、
なぜ、金持ちに、
なぜ、認めてもらわなければならないのか。
ちょっと、真面目な話になって悪いが、こういったことを、個人個人が自分の目標として掲げることはとても素晴らしいことだと思う。
ただ、一方的に成功者の理論から、
(有名になる、金持ちになる、良い異性と結婚するといった)一元的な自己実現に成功することのみに価値をおかれると、逆に考えると、
(有名になる、金持ちになる、良い異性と結婚するといった)一元的な自己実現に失敗したことが即ち人生の敗者である。
という短絡的な結論を生み出すようなことになってしまう。
もちろん、だからと言って、これ自体も個人個人が思うことについて否定するつもりもない。
目標を持って頑張るのは、少しも否定する気はないし、頑張るときにはホントに頑張るべきだ。
だけど、ただ、それだけを価値観として唯一絶対なものと思うことは、それから外れたものはひたすら苦しい。
人は弱い。
独りじゃ生きていけない。
何かに寄り添わないと、寂しくて苦しい。
俺には、彼女達の自己実現を手助けする力は皆無だが、俺自身現在の価値観でいう人生のレースから脱落した人間なので、せめて先に下で綱渡りに失敗したときのネットだけでも張ってあげたいと思う。(カッコつけ過ぎか)
話が終わると、彼女達は皆一様に明るい笑顔をくれた。
本当のところは知らないが、あるコは、
なんか独眼鉄クンと話ししたら、気が楽になったよ。ありがとう。
と言ってくれた。
それを聞いた俺は、いけてない顔を緩ませた。
そのとき、実は、本当に気が楽になったのは俺自身だったことに気が付いた。
ホントは、もっともっとちっぽけで単純なものなんじゃないか。
どうだろう?
投資額 −円
回収額 −円(回収目的なし)
収支 −円
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