人生は上々だ。
「死は不滅の始まりである」 マキシミリアン・ロベスピエール
少し前の話しだが、甚だ恥ずかしい話を晒してみたいと思う。
ある日の晩のことである。
俺は落ち込んでいた。
なんで落ち込んでいたかと言えば、「落ち込まない理由が見当たらない」という理由で落ち込んでいたのだが、とにかくどうしようもなく落ち込んでいた。
書いていても、どうしようもないとしか言い様がないが、しかし、そのときはそういう心理状態に陥ったのだから仕方がない。
で、独りでいるのが耐えられなくなったのだが、キャバクラに行く金はない。
かと言って今さら俺なんかとも話をしてくれる暇な友人の女の子などいない。
しかし、今ばかりは誰かと話がしたい。(この場合の選択肢に男は含まれないのは自明である)
一瞬、母親にでも電話しようかと思ったが、それはそれで空しいのでやめた。
そこで、独りで飲んだ焼酎で酔いが回っていたのもあるのだが、以前少し仲良く話をしていた元キャバ嬢のKに電話してみた。
Kは、
あら、久しぶり〜
と落ちついたテンションで電話に出た。
俺が言うのも何なのだが、Kはキャバクラで10代が中心の某店には、不釣り合いなほど冷静にして聡明な頭の持ち主だった。
いや〜、どうしてるのかなって思ってさ
俺は無理矢理話しを振った。
以下、会話の途中は略すが、その穏やかな話ぶりに、俺の心は次第に浄化され、心の内側を晒し出したい気持ちに捕らわれた。
俺は、口を開いた。
いやー、生活するの苦しくなっちゃってさ。なんか色々あるから(※ホントは何もない、の間違い)
Kは黙って聞いていた。
そのとき、俺は、酒とその場のテンションに負けていたのだと思う。以下のような余計なことを口にしていた。
Kちゃんさあ、俺が死んじゃったらどう思う?
俺の頭の中には慰めを伴ったKの回答を思い描いていたのだろう。(じゃなかったら、酔っ払っていても幾ら何でも口にしない)
ところがである。
Kから漏れた言葉は、甘い優しさなどではなく、
プッという含み笑いとともに、
なんか、小じんまりとした人生で笑っちゃう〜
というものだった。
ぬー!何てこと言うんだ。
正直、俺は小腹が立った。
確かに、良い年したオヤジが慰めてもらいたくて発した言葉にしては、あまりに芸がない。
それは認める。
振り返って書いてる自分でも嫌らしい質問に恥ずかしくなる。
しかし「こじんまり」である。
「人生がこじんまり」である。
世界には60億もの人々が生きているが、他人から人生を「こじんまり」呼ばわりされる人間が果たして何人いるだろうか。
そう考えると、胸の辺りがムカムカしてきた。
しかし、次の瞬間、俺はこのムカムカがKに対するものではなく、自分自身に向かっていることに気が付いた。
そう。
俺の人生は、確かにこじんまりとしているのである。
何かをやりとげることなく、やりとげる意志もなく、誰かに愛されることもなく、逆に誰かを幸福にすることも叶わずに漫然と生きているのである。半分死んでいると言っても差し支えない。
下手したら、このホームページが唯一の俺の生きた証になりかねない(観客、爆笑)
俺がミリオンダラーのみのもんたなら、Kの目を見つめ続けた後、「正解」と言って賞金を手渡していただろう。
ひょっとしたら、これはKの優しさであったのかもしれないという裏読みもしようかと思ったが、笑い声は、かなりマジだったので、これは深読みのし過ぎかもしれない。
何でもいいのだが、結論。
言葉はタダである。
しかし、キャバクラにおいては違う。
優しい言葉は有料である。
店に行く猶予もなくなった俺に、無料で得られるサービスなどないことを、この日思い知ったのである。
感無量。(キムタク風に)
投資額 0円
回収額 0円(今さら、どうでも良い)
収支 0円
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