けものがれ、俺のこと


2003年も早くも1ヶ月近くが経とうとしている。
相変わらず、俺はまんじりともしない人生を送っている。
金も仕事もないので、唯一することと言ったら、狭い部屋で独り、時計の針を眺めながら酒を飲むことぐらいだ。
千利休は一室の茶室で宇宙を観たというが、俺はこの部屋で何を観ることができるのか。
と、色々想うことを書きたくもなるが、しかし、まあ、俺の現状など他人にとってはどうでもいいので、また過去の話でもしようと思う。

今から2年近く前のことだ。
ある店でNというとても可愛いコと知り合った。
何軒か渡り歩いた総ての店でナンバー1だったというのも、嘘ではない可愛さだった。
初めて行ったその店で初めて付いたコがNだったのだが、俺は、その明るい姿に好感を抱き即座に指名を入れた。
話しがとても楽しいコだったが、良く話すと単に明るいだけでなくて色々悩んでもいたので、ときには励まし、ときには黙って頷いた。悩む姿も感じが良かったので、その後2、3回逢いに行くと、かなり深い話もしたかと思う。
まもなく俺は店には行かなくなったのだが、あるときプライベートで飲みに誘うと、嬉しそうに乗ってきたので、都内のバーで二人で飲むことになった。
このときの誘いの返事で、俺は人生何度目かの確信に似たものを感じた。
そう、つまり、

今日こそはヤれる。

と。
確信足らしめたのには、根拠があった。
俺が「店では逢いたくない」と言った後でも(ホントは金がなかっただけだが)誘いに付いてきたのと、「独眼鉄さんは今の私にとって大きな存在だよ」と言われたことである。
まあ、これだけ文字にすると、大した根拠ではない気がするが、これ以外にも、ここでは書き難い、客には絶対言えないような過去も告白してくれたので、そのときの俺の確信は揺るぎない重みを持った。

Nは言った。
「独眼鉄さんって、若いのに、色んなこと知ってるんだね」
「俺、若くないよ。もう26だぜ」
「若いよ!男の人って30までは子供なんだよ。今まで独眼鉄さんくらいだよ、私と対して変わらないのに、そんな大人っぽい考え持ってるのって」
「・・・」

実は、一見色んなことを考えているのは、数多くの挫折に耐えかねて、引き蘢って独りで悩んでいた期間が長かっただけなのだが、今までの交際相手がすべて30代というNの発言だったので、確信が現実になっていくのを感じた。
あと、実はニルバーナの「ネバーマインド」のジャケットの子供(水の中で札束を追うやつ)のアソコにも大きく負けているのであるが、それを知らないNにとっては、俺は純粋な「大人」らしい。
俺は、本題に入ることにした。

「Nちゃん、今付き合ってる人っていないって言ってたよね?」
「うん、いないよ」
「ホントに?」
「ホントだよ」
「じゃあ、どんなタイプが好きなの?」

すると、Nは少し遠い目をして、

「そうだなぁ、私とキチンと話が出来て、考え方なんて違ってもいいけど、私の話しも飲み込んでくれるような人かな。やっぱり大人っぽい人がいいな」

と、答えた。

きた!
きたきた!!
リーチだ!リーチだ!
役満リャン面待ちだ!!!

俺は、心の中で大きくガッツポーズした。
さっき、俺がその「大人っぽい」って言われたばかりである。
あきらかに、

「俺」=「大人」=「Nが恋人にしたい男」

という図式が成り立つ。
太陽が東から上って西に沈むのと同様に覆せない図式である。
俺は、次にNにささやく愛の言葉を思い描いた。
役満のツモ牌である。

ところがである。
またしても、フリテン罰符満貫払いの一言が襲い掛かった。

Nは俺が甘い言葉を発する前になにか殺気に勘付いたように俺の顔をハッと見たかと思うと、

あ、でも、顔のレベルもあるけどね。

などと付け足したのだ。

!!
な、な、なんか今、言ったか!?

そのとき、俺の頭の上には「メタルギアソリッド」の敵兵の頭上に出て来る「!」と同じものが強烈に現れたに違いない。おそらく近くにいた人たちは肉眼でも確認出来たと思う。

顔のレベル!?
しかも、俺の顔をハッと見てから、付け足さなかったか!?

俺がNの言葉の真意を確かめようと、Nを凝視すると、Nはあきらかに困った様子で俺から視線を外した。

な、なんだ、急にその態度は?!
なぜ、わざわざ付け足した!?
なぜ、俺の顔を見て、思い出した!?

俺が動揺していると、Nは、急にどうでも良いミュージシャンの話なんぞに話題を変えた。
あきらかに、話を断ち切りたい匂いが漂っている。
とても、甘い言葉をささやく雰囲気ではない。
っていうか、俺の精神状態が、そんな状況じゃなくなった。

つまり、Nにとっての「恋人にしたい条件」は、「大人」であり、かつ「顔が一定のレベル」という二つの条件を過不足なく満たすことが必要だったということだ。
片一方では足りないのだ。
まあ、それは良い。
そんなことはどうでもいいんだ。
問題は、俺の顔をチラリと見てから、付け足したことだ。
そう、つまりその視線は、俺が、その基準値に入ってないってことを告げていた。
センター試験でいう足切りに引っ掛かったのだ。
受験資格すらもなかったのである。

急に俺の気持ちが沈み込んだのはNも察知していたと思う。
その後、つたない会話をわずかに繋ぐと、どちらとも言うことなく、店を出た。
当然のように、家路を急ぐN。
まだ若かった俺の心がさすがに泣いていた。

っていうか、一言言わせていただきたい。
お前ら、顔、顔、顔、顏ってうるせえんだよ!!(お前らって言われても知らないひと同士には困ると思うが)
そんなに顔が大事か。
もっと、中身を見ろ!
人間は外見じゃないんだ!!

と、言おうかと思ったが、それよりも、俺の中では、まだ顔はマシなほうだったことに気が付いた。
性格はもっと歪んでるし、仕事もないし、金もない。
喋れば喋るほど空しさだけが増大するのである。
そして、この空しさはエントロピーのように二度と他のエネルギーに還元することはないのである。
合掌。

 

投資額     90,000円(Nへの投資合計)
回収額         10円(ゼロは淋しいから)
収支      -89,990円

 

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