ドブネズミみたいに。
ここ最近、仕事でいわゆる有名人と逢う機会が多い(必ずしも良い意味で有名な人間とは限らないが)
ところが、とある機会に、撮影スタッフやライターさんやその他スタッフを呼び集めてセッティングしたものの、約束の時間を過ぎてからドタキャンされたことがあった。
どんなにその有名人に非があろうとも、現場の責任者は俺である。
細々とフリーランスで仕事をしている人間が、こういう穴を1回でも空けると大チョンボだ。痛過ぎる。
誰一人、口には出さなかったが、俺を非難する無言の圧力がなかったとは思えない。
生まれつきの気の弱さから、特に人の感情に対して異常に気がいってしまう俺は、申し訳なくて胃が痛くなりながら、平謝りでその日の現場を離れた。
そうして、早く布団に潜り込んで焼酎を煽りたい衝動にかられながら、自宅の最寄り駅から自転車を飛ばした。
そのときだ。
途中、自宅近くの横断歩道に何やら動く小動物が目に入った。
ねずみだ。
ねずみは横断歩道上で右往左往していた。
自分の行き場を迷っているようだった。
やがて、信号が青になった。
俺は、思わず自転車を止め、息を呑んだ。
危ない!轢かれる!
しかし、運転手はネズミに気付かない。
ネズミを避けようともせず、進行する。
その一瞬。
俺は目の前のネズミが轢かれて潰れないことを心の底から祈った。
1台目。
車がネズミのわずか横を通り抜けた。
目の前を巨大な車のタイヤが横切ったことに、増々焦ったように左右に揺れるように動き回るネズミ。
おかげで、余計に道路のまん中に行ってしまう。
2台目。
俺は、今度は完全に轢かれてしまった、と思った。
しかし、ネズミは生きていた。
ネズミの上を車が通り過ぎたのだ。
距離にしたら、わずか5センチ。
タイヤがねずみの外側を通り抜けた。
さらに、もう1台。
同じように、4つのタイヤがよろめくネズミを囲むように通り抜けた。
また彼の上を巨大な鉄の固まりが通り過ぎたのだ。
助かった!
奇跡に近いくらいに運の良いネズミだ。
俺は驚きとともに安堵した。
そして、この安堵は心の底から沸き上がってくるものだった。
それから、車の通りがなくなると、ネズミはようやく我に返ったように、下水道を目指して走り出し、その中に潜り込んだ。
俺は、その姿を見送りながら、そいつがこれからの一生を頑張って生き抜いてくれることを、心の中で祈っていた。
そうなのだ。
ネズミの無事は、俺を心底ホッとさせたのだ。
なぜかと言えば、わずか一瞬のことだが、その一瞬、ネズミの姿はまさに自分だった。
俺はその一瞬、まさに巨大なタイヤから逃げまどうドブネズミだったのだ−−−。
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