バンコク体験記

 11 トゥモロー・ネバー・ダイ!バンコク! 最終日

 
朝起きると、言い様のない寂しさに包まれた。
いよいよこの日の夜には帰国である。
仕事の関係でたった3泊5日の旅だったが、もうこの国が愛おしくなったようだ。
出国は夜だ。
俺はホテルに荷物を預けてチェックアウトすると、最後のバンコクの街を散策することにした。

この日、俺は高架鉄道BTSに乗って適当な駅で下車し、後は目的もなくプラプラとひたすら歩いた。疲れると適当なカフェでビールを口にして、落ちつくとまた歩くということを繰り返した。暑さのためにビールを呑んでも、少し歩けばすぐに汗でアルコールは抜ける。
そんなことを二度三度繰り返して、ナナ通りというところを歩いていると、オープンカフェ形式のバーの女の子に、片言の日本語で呼び止められた。

オニイサン、カッコイイヨ!

意味は分かって言っているのだろうか。
俺が立ち止まると、女の子が数人、口笛と満面の笑顔で手招きしながら、俺を店に誘った。
急いで行くアテがあるでもなし。
俺は白人客が2、3人だけぼんやりと呑んでいるだけのその店に、腰を落した。

この店では、連れ出しオーケーなわけでもない店だろうが(実際は知らないが)、女の子が4、5人ウエイトレス代わりに働いている。エプロン一つつけない私服姿で、とてもきちんと仕事をしている感じではない。ただこのいい加減な雰囲気がまたバンコクのこういった店での魅力ではある。
一人の女の子が寄って来て、片言の英語で話し掛けてきた。
それに答えるように、「何か呑む?」というと、嬉しそうにコーラを頼んで、隣に座った。

彼女は俺以上に英語の出来ないコで、まともにコミュニケーションが取れたわけではなかったが、わずかなタイ語と英語のやりとりの合間に、それはそれは楽しそうに笑ってくれた。
他の席の白人客は女の子がついても、ほとんど会話らしい会話は聞こえてこない。なんでもいいから喋って元を取ろうとする貧乏症の俺の席だけが飛び抜けて騒がしかった。
それを見てか、いつの間にか、他の手の空いたコたちも続々と集まり俺の席には4人の女の子たちが囲むように座っていた。
まあ全員に好きなだけドリンクを奢っていたわけだから、必ずしも純粋な気持ちだけだったとは思わないが、彼女たちの屈託のない笑顔の数々には、ネクラな俺が思わず笑い返してしまうほど心地良い魅力があった。
それから一番最後にやってきた一人のコは、饒舌な日本語で話し掛けて来た。
年の頃、30近いだろうか。彼女は日本語で、

私、以前日本人と付き合ってました。

と言った。

アナタの日本語は素晴らしい。

と言うと、彼女は嬉しそうに笑って、

私、日本に行ったことがある

と口にした。
なんでも彼女の姉もまた日本人と付き合っていて、正式に結婚したという。
それで、結婚式に出るために日本まで招待されたと言う。
俺は、

お姉さんはどこにいるの?

と聞くと、彼女は、

相模原です。

と答えた。
それを聞いて俺は、

相模原には、良い想い出と悪い想い出があるな。

と言った。
彼女が、

どんな想い出ですか?

と尋ねてきたので、

良い想い出は、昔とても好きだったコが相模原に住んでいたんだ。

と答えた。彼女は、その偶然に感心の声を上げて、すぐさま聞いて来た。

悪い想い出は?

俺は答えた。

その好きだったコに振られたことだよ。

彼女は一瞬俺の顔をまじまじと見た後、吹き出すように、

あなた、面白い人ですね。

と言って、笑った。

良く言われるよ。女の子にはバカにされっぱなしだけどね。

そう言うと、そのコは、

ホントですか?ホントだとしてもあなたなら大丈夫ですよ。大丈夫。

なにが大丈夫なのか分からなかったが、妙に確信めいた口調で言うので、なんだか嬉しくなった。

ホントに良い国だなあ。

としみじみ思いながらチェックすると、1時間ほどの滞在で数杯のビールとその倍は奢った会計は、600バーツ(約1800円)だった。こっちの感覚では随分値がはったが、俺はその会計に200バーツほどチップとして足して店を出た。

まもなく空港に向かう時間だ。
この素敵な街を、この素敵な国を離れなければいけない。
トムヤンクンの匂い。排ガスと交通渋滞。
バンコクは、たった3泊で、それらを含めて愛おしくさせる不思議な魅力に溢れた街だった。

俺はこの旅行で何かを得ることが出来ただろうか。
収穫は確かにあった。
意外な自分を発見できた部分もなくはない。
それは、普段は煙たがれるほど饒舌な俺も、日本語の通じない異国人相手には途端に口下手になることと、異国でも酒を呑んだときの品のなさは変わらないことを自覚したことである。

 


次へ

純情編インデックスへ