バンコク体験記

 9 コープクンカップ!バンコク その弐(三日目)

 

一旦ホテルに戻ってシャワーを浴びた後、再びハードロックカフェに向かった。約束の19時にわずかに遅れて到着するとエルビスはすでに着替えて店の前で待っていた。
「それじゃあ、タクシーでタニヤ通りに向かおう」と言うと、彼は「車があるから乗ってくれ」という。
知らない人の車に乗っちゃいけないと遠い昔にお母さんに言われたことを思い出したが、時を隔てた俺は、「タクシー代浮いたぜ、ラッキー」とぐらいにしか思わずに、その車に飛び乗った。
現地の人間だから、実際に店に入ったことがなくてもタニヤやパッポン通りのことはある程度知っているのかと思ったら、通ったことすら一度もないという。バンコク3日目の俺が指図して、駐車場の場所を教えてやったくらいだ。あの界隈では、外国人と現地の人間の完全な棲み分けが出来ているということなのだろう。

連日の呑みに待ち合わせたるはタニヤ通りの某ラーメン屋の前。ところが求道者氏は約束の時間を20分ほど過ぎても現れなかった。
公衆電話から電話を掛けてみると、なんと彼はここに来る間に車でオカマを掘って警察署に寄っていくから遅れるとのこと。

オカマ好きが車までオカマ掘ってどうする!

などと突っ込む余裕がないほど慌てていたので、また1時間後に電話することにして、エルビスと二人で呑むことにした。
彼の良く行くというプールバーを案内してもらい、自己紹介をした。

お互い片言の英語で分かったところでは、彼は28才。学年でいったら俺と同じ年だった。白人の血が交じっているのかと思うくらい端正な顔つきをしていたが、自己申告では混じりっけのないタイ生まれのタイ人だという。現在は出会った通りハードロックカフェの店員だが、バンコクの大学を出て国際政治史(International politics)を専攻していたという。日本の政治史のことまで勉強したそうだ。英語も俺よりは全然流暢に操っているところから、タイのなかでは相当なエリートを思わせた。今の職に付いた経緯は聞かなかったが、結局国内では大した仕事がないのだろう。

そんな片言自己紹介も尽き始めていた頃、一人のタイ美人が我々の前を通り、エルビスを見て挨拶してきた。エルビスも彼女に二言三言話し掛けたあと、彼はぽつりと呟いた。

彼女は、昔のガールフレンドなんだ。

俺はそれを聞いて、一瞬嫉妬心を抱いたが、冷静を装って、

彼女はとてもキュートじゃないか。なんで別れたんだ?

と尋ねると、

彼女の家はとても金持ちなんだ。僕の家とは全然違う。だから別れなければならなかったんだ。僕は振られたんだ。

と少しばかり寂しそうに答えた。
確かに、そのタイのコは上品な感じで、一般の現地のコと比べればお金持ちそうだった。
しかし、俺はその別れた理由に軽い憤りを覚えて、

愛に家柄や資産なんて関係ない。そんな理由で別れを切り出すような女なんてロクでもないよ!

なんて慰めてあげようかと思ったが、TOEIC300点代の俺には、

Between poor and rich love is no good!OK!OK!

あまりに片言過ぎる言葉を伝えることしか出来なかった(しかも誤用)。自分の学生時代の不勉強を悔やんだ一瞬だ。
ただ、俺の熱い言葉に彼は首を傾げて困った様子を見せたことから、気持ちだけは伝わってくれたものだと確信している。

さらに俺は、神妙な面持ちで、こう尋ねた。

今でも彼女のことが好きなのかい?

ここで彼の返答次第では、「気にするな!俺の奢りだから好きなだけ呑めよ!」と言ってやろうかと準備していたのだが、彼は俺の予想を裏切って、

ノー。今は別のガールフレンドがいるから。

と首を振りながら、平然と答えた。
そして、財布の中から新しいガールフレンドの写真を取り出し、俺に見せつけた。
俺はその写真のなかのコがまたもや美しいのが分かると、急に彼に対して敵対心のようなものが沸き上がった。当たり前だが、モテるやつはどこの国にもいる。
俺が日本で素人の子に全く相手にされず、キャバクラでも散々な目にあって、救いの手を求めるようにバンコクにまで来てお金と引き換えに女の子と飲んだくれてるあいだに、この男はとっかえひっかえ恋人を作っているのだ。

きーっ!!悔しい!!

俺は心の中で地団駄を踏んだ。
そして、そんな俺に今度は彼が質問してきた。

キミもガールフレンドはいるの?

来た。
彼女いるの?
俺が人生で最も恐れる質問だ。
過去に親や親戚、昔の友達に仕事相手。一体何人の人間にこの質問を浴びせられ、そのすべてに「いいえ、いません」と答えてきただろう。(でも女の子から聞かれたことはほとんどない。全く関心がない相手には聞かない質問なんだろう・涙)
しかし、俺も29年無駄に生きてきたわけではない。
このサイトのコラムを読んで俺のすべてを知ったつもりでいる読者には、俺をいつまでも見くびるなよ!と言いたい。
俺は、このときの質問に、

イエス、オフコース!

と答えていたのだ。
まさかと思うなかれ、本当の話である。
そう。
俺は、ときには嘘も付くのだ。
日本でこんなことで嘘を付いてもどこかでボロが出るだろうが、ここは日本から遠く離れたバンコクの地だ。バレることはあるまい。そんな思惑があった。

そして、おもむろに携帯を取り出し、「ちょっと待って。俺も写真を見せよう」と言った。日本で「彼女いるよ」などと言っても下手したら逆に「うそつけ!」と言われかねないが、異国のタイ人に証拠まで見せればよもや疑われることなどあるまい。
俺は、カチャカチャと保存してあった知人の写真を見ながら、「さて、どのコにしようか」と思案した。携帯の中には、このサイトの常連でもある、しずやはるなやつかさの写真も保存してある。どのコも人目を惹くくらいにキュートなのは確かだが、彼女達の写真を「恋人」だと偽って見せたことが本人にバレでもしたら、怒られることは目に見えた。あのコたちのことだから、「冗談でもやめてよね!」とか、「縁起でもないのはアンタの顔だけにしてよね」とか下手したら名誉を侵害されたとか言って慰謝料を請求されることだってないとはいえない。
そこで、俺は今唯一指名している某キャバクラのコの写真を見せることにした。
すると、その写真を見た彼は、

おお!!本当??すごい、可愛い!!まるでアイドルみたいじゃないか?!

と驚きの声をあげた。

やた。

俺は、モテモテの彼に一矢報いたのだ。
しずやはるなやつかさの写真を見せなくて良かった。
俺はその感嘆の声で、彼に対する敵対心が消え、誇らし気な気持ちになれる・・・はずだった。
ところが、胸の奥から沸き上がってきたのは、例えようのない、心の隅々を掻きむしりたくなるような、どうにもならない切なさだけだったことは事実として書き記しておきたい。くすん。。


次へ

純情編インデックスへ