バンコク体験記

 7 マイペンライ!バンコク その参(二日目)

 

バンコク2日目の夜も、更けて来た。
2軒、3軒と回ったところで、ひと味違った店に行ってみたくなった。
そこで、求道者氏に、

どこかイかしたショーパブでもないんですかね?

と聞いてみると、求道者氏は何故か少し暗い表情になって、

イかしはしないけど、ショーパブはあるよ。

と口にした。

おお!じゃあ、今度はそこに行きましょう!

と勢い込むと、求道者氏は、1軒の店の前まで連れて行ってくれた。
しかし、そこで立ち止まり、

ホントに行くの?

と不安そうに考え込んで、確認して来た。
彼が考える姿を見るのは初めてだったので、「何かある」とは思ったが、ただのショーパブに入るのに、不安になる理由が全く見付からず、

え?ここまで来たんだから行きましょうよ

と逆に俺が引っ張るカタチで、お店のドアを開けた。
しかし、店に入るなり、彼が足を止めた理由を即座に理解した。

なんと、そこは養豚所だったのだ。

もちろん養豚所と言っても、ホンモノの豚が養われていたわけではない。
豚に限り無く近い人間が養われていたのだ。

な、なんだここは??

俺はあまりの光景に目を疑った。
29年生きてきたが、この世で、これほど奇怪な光景は初めてだったと断言してもいい。

ブクブクに太った女性が数人、脂肪を揺れ動かしながら、ステージの上を全裸でうろうろと歩き回っている。
どの女の顔も、笑顔の一つなく、諦めたかのように無表情である。
ある女は、片手にラッパを抱えて、数十秒置きに股間にそのラッパを押し当てると、性器からの風圧を利用して「プップッッ−」と音を鳴らながら歩き回っている。その度に、間抜けな音が店内に空しくこだまする。
また、ある女たちは性器に入れたタンポン型のロープで引っ張りっこしている。もちろん笑顔や客を楽しませる様子など微塵もない。
すぐには理解できなかったが、それらはショーの一環だった。
ただ、彼女たちのうつろな視線は、まるでロボトミ−手術を受けたかのようで、見ている者を陰うつにさせる力があった。
ステージの光景だけで、びびっている我々のもとに、さらに驚かすように、何者かが寄ってきた。

妖怪だ。

俺は思わず身構えた。
人間とは思えない生き物がワラワラと近くで2人、3人うごめいた。
どの妖怪も、醜く太った上、マジックで書いたようなありえない化粧をしていた。これならお面を被ったほうがマシだ。
見当違いの髪型をして立っている一人は、「呪怨」の雰囲気すら醸し出している。
見ているだけで寒気がしてきたので、射程距離に入ってきたら、顔面であれパンチを入れるしかないと覚悟を決めた。
さすがの俺も本気だった。生涯1度も女性に暴力を奮ったことはないが、妖怪相手ではいたしかたあるまい。
しかし、妖怪たちは拳を固めた俺の殺気に勘付いたのか、5、60センチ離れた微妙な位置から話しかけてきた。
俺は、妖怪語をマスターしていなかったので、身構えたまま求道者氏に助けを求めた。

化け物が何か呪文を唱えてますが、なんと言ってるんですか?

すると、求道者氏は、

ノー!!ノー!!

と犬をあしらうかのように、手を振払って妖怪を追い返した。
単純な話しだが、他のお店と同じように、ドリンクをせがみにきたのだ。
しかし、するともし、何だか分からないうちに「イエス」と口にしようものなら、ドリンクの「御礼」に、隣に妖怪や呪怨が座り込んできたわけだ。

恐ろしい。。

俺は、身体がブルブルと震えだすのを感じた。

こんな妖怪博物館に長居は無用だ。

そう思って、出されたウイスキーを一気に流し込んでいると、今度は店員が寄ってきて、俺とC氏は風船を手渡された。
店員は、「アップ!アップ!」と言いながら、手を上げる仕種をしている。
どうやら、この風船をステージ上から割るらしいのだ。
しかも、割るのは女性器から飛ばした吹き矢だ。

さきほどまでラッパを鳴らしていた豚女が、おもむろに丸い筒を取り出し、やる気なく「何よりも隠すべきであるはずの」部分を俺に向けて、寝そべり出した。そして、性器に筒を押し当てる。
なんともイヤな光景である。
しかし、我々の座っている所から、ステージまではざっと4メートルほどの距離はある。手で投げるならまだしも、性器から飛ばすにしては、至近距離とは言い難い。
この距離で、正確に当てることができるのか?
俺は、まさか外して身体に当たるまいな、と不安になって手をギリギリまで伸ばした。
しかし、その不安は杞憂で終わり、風船は見事に割れた。
俺はさすがにプロだと感心して(どうしようもないプロだけど)軽く手を叩いた。

今度は隣に座っているC氏の番だ。
豚女が、尻の位置を微妙にズラして、今度はC氏に「何よりも大事であるはずの」部分を向ける。
しかし、今度は吹き矢の具合が悪いのか、5、6回ほど筒を入れ直したりしている。
男からしたら「アソコから空気を出す」という行為自体、どういう仕組みになってるのか理解できないので、実はデリケートなものなのかと思っていると、その後、見事に風船は割れた。
我々は、何ごともなくイベントが終わった安堵でもって拍手をした。

ところが、なんとなしに振り返った壁を見て、血の気が引いた。
なんと、すぐ背後の壁に、針のついた矢が5、6本突き刺さっていたのだ。
入れ直したと思っていた行為は、薄暗さと矢のスピードのため気がつかなかったが、実は飛ばした上に、外していたのだ
しかも、外した矢のうちの1本は、俺のわずか10センチ横、目線のあたりに刺さっていた。
あと10センチずれて目にでも当たっていたら、間違いなく失明していた。
俺は、背筋が寒くなって、

げ、限界です。

と言って、逃げ出すように店を出た。

心地よい酔いは見事にぶっ飛び、得体の知れない疲労感だけが全身を覆っていた。
あらゆる欲求が喪失した気分だった。

バンコクアンダーグラウンド。

もしかしたら、あの店は、我々の精気を吸い取る、ホントの妖怪の巣窟だったのかもしれない。


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