男と女のいる鋪道07−ギャップ−

 


ホステスのSは迷っていた。今日は常連のTと店外デ−トで映画を観に行く約束の日だった。TがSを目当てに店に通い出してから、もうすぐ1年が経つ。Tは金持ちでもなく、ハンサムなわけでもない普通のサラリーマンだったが、ただ誠実なことにかけては今まで逢った中でも右に出るものがいなかった。取り立てて特徴もない男だが、一緒にいてもSのほうも悪い気はしなかった。
実は、初めて店で逢ってから1ヶ月ほどした頃、SはTに真面目に告白されたことがある。そのときは、その場で断ったのだが、Tはその後もマナー良くお店に顔を出し続けてくれた。逢っても、決して恨みがましい態度も見せず、かと言ってしつこく再度口説くようなことは一切しなかった。同伴に行く時も、すべてSからの誘いによる。誕生日には、忘れずにプレゼントを持参し、イベントやノルマが足りないと連絡すると、たぶん自分の生活を切り詰めたであろうに、必ず駆け付けてくれた。「情がうつる」というのか、そんな真摯な態度にSの気持ちもやがて揺れ始めた。久しぶりのTの誘いにSはOKしていた。そして、待ち合わせの時間。そこに現れたTは、いつもと変わらぬ優しい笑顔でエスコートしてくれた。
「今日誘われたら、断れそうにないな」
相手の理想をとても高く設定していたSだったが、そんな想いに支配され始めていた。
まずは、約束の映画館に行く。ハリウッドの大作恋愛映画だ。Sが大好きなハリウッドスターが出ていた。絶世の美男美女がスクリーン狭しと、駆け巡る。「Rミオー!」「Jリエット!」。観ているあいだ、まるでS自身がヒロインになったように現実を忘れた。感動の中、幕が下りたが、Sの頭の中にはまだ憧れの主演男優の顔が張り付いていた。目をつぶると、瞼に焼き付いたハンサムなヒーローが顔を近づけてきた。Sは今自分がどこにいるのかも忘れて恍惚な気分に浸っていると、隣からTが「じゃあ、食事でもしようか」と話し掛けて来た。その声に、Sはようやく我に返った。振り返ると、Tの顔が視界に入った。
その瞬間、Sは、スクリーンのスターとあまりにギャップがある冴えない顔に、今晩の誘いの返事を変える決心をした。

 

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