ゆきゆきて!神軍!
一旦終了したはずの、番外編を訳あって更新。
今回久々に呑みの誘いをかけてくれたのは、おいこら!社長!氏である。
最初は掲示板での雑談の仲だったが、やがてはメールで彼から要望を受けた。
彼はある地元のキャバクラで一人の女の子と恋に落ち、そして、現在は「お付き合い」をしていると言う。しかし、「お付き合い」をしているはずの「彼女」としては、その言動に疑わしいところがあり、それを確かめて欲しいというのだ。
にべもなし。彼のおごりで確かめに行くことにした。
おいこら!社長!氏の特徴をまとめておくと、
43才、妻子持ち。
フィリピン以外のキャバクラにハマったのは生涯初。
奥さん以外の女性との性体験なし。
現在は、失業中。
対する「彼女」であるお相手のキャバ嬢は、
25才、美人。
会話の端々に相手の心理を読み抜くような受け答えから、水商売歴、もしくは、それに類した人生経験は間違いなく豊富。
その彼女とおいこら!社長!氏との半年の付き合いの末の成果は以下の通りだ。
いまだに週3、4ペースでお店通い。
店外デートなし。
セックスも当然なし。
それどころかキスもなし。
同伴多数(店前同伴含む)
「今日は会えないの?」という営業メール頻繁。
「いっぱいお話ししたいから」と言って、オープンラストを薦められる。
このコラムを書いているあいだにも、二人のあいだでは何か進展があるかもしれないが、ざっとこんな感じだ。
さて、これを読んで第三者が見たら、どう思うだろうか。
100人が100人、おいこら!社長!氏は「彼女」に騙されてると思うだろう。
俺も最初はそう思い、彼の妻子のためにも、彼を目覚めさせねば、と思った。
ところが実際に彼に逢い、その嬢にも逢い、お店の中で楽しそうに話す二人を見て、俺はこの考えを撤回した。
言語哲学、分析哲学の創始者として、有名な哲学者にウィトゲンシュタインという哲学者がいる。
彼が書いた「哲学探究」という本のなかに、こんな一節がある。
規則は行為の仕方を決定できない。
なぜなら、いかなる行為の仕方も、その規則と一致させることができるからである。
富永裕久著の『パラドクス』(ナツメ社)からこの言葉の解説を引用させてもらうと、こんなことだ。
ある男が出張先の地方でポーカーを薦められた。ただ、そのポーカーはローカルルールだという。
1回目。男がフルハウス。相手はワンペアだ。勝ったと思ったら、相手が「今日は水曜の夜だ。水曜の夜は役の強さが逆転する」と言って、勝ちを主張した。
2回目。今度は男がワンペア。相手がスリーカードだ。相手は今度も「夜は夜でも、時計が7時を過ぎたら、役の強さは戻る」と言って、また勝ちを主張した。
その後も、雨が振り出しただの、ゲーム中に流れる音楽が変わっただのと言って、相手はすべての勝ちを主張し続けた。
さて、このローカルルールをデタラメなルール(規則)だ、と断定することができるだろうか。
さきのウィトゲンシュタインの言葉によると、こんなことでも、「デタラメ」と断定することは出来ず、どんなデタラメだろうと、筋道の通ったルールだ、と言いくるめることが可能なのだ。
一般論で考えれば、現役のキャバ嬢だからといって、自分の恋人に「営業」するコはいないだろう。それが「恋人」としての「ルール」だと大多数が思っているからだ。
だけれども、おいこら!社長!氏の「彼女」に限っては、営業するのが愛情表現だと思っているのかもしれない。
また、セックスもしないのは、彼女がまだ処女でキスをするのも恐れているかもしれない。
すべての営業のために得たお金は、彼女がおいこら!社長!氏と結婚するために貯金しているかもしれない・・・。
果たして、これをデタラメと完璧な言語で反論することは出来るだろうか。
確かに傍から見たら、詐術にも思えるような彼女の言動ではある。
しかし、おいこら!社長!さんが「これが恋人としてのルールだ」と思っている限りにおいて、ローカルなルールではあるが、全くもって矛盾のない、ルールに乗っ取った「普通の」カップルなのではないだろうか。
そんなわけで俺には、彼らの関係を「普通でない」と断定することは出来ない。
ただ、せめて、一時は離婚も考えたという彼に、この言葉だけを送っておくことにする。
1に妻子!
2に仕事!
3、4がなくて!
5にキャバ嬢!!
これは、妻子を持ちながらキャバクラにハマるすべての中年男性に捧げたい。
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