シェルブールの雨笠
7月は、珍しく仕事が忙しくて更新のネタもなかったのだが、また鴨がネタと財布をしょってやってきてくれた。
男の名前は、シン。
彼は、(その界隈で)有名店に指名嬢を抱えているので連れて行くという。
それを聞いて、俺は思った。
ひょっとしたら、その店で彼が指名している嬢の名前は「ユリア」ではないだろうか。
そうだったら、俺は、ひょっとしたらこの男と戦わなければならない運命かもしれない。
なんの脈歴もなく、俺は覚悟を決めた。
そうだ。
彼のことを「強敵」と書いて「とも」と呼ぶようにしよう。
「強敵(とも)」となった彼を倒した暁には、彼のために墓標を造ってやろう。
そして、もしも誰かに「なぜ、こんな奴のために墓なんて作ったんだい?」と聞かれたら、
「同じ女を愛した男だから・・・」
と呟く準備までしておこう。
まさに80年代の名作が蘇ったわけだが、実際に目の前に現われたシン氏は34歳という申告した年齢よりパッと見とても若く、清潔感のあるスーツ姿のエリートサラリーマンだった。
無精髭、よれよれのTシャツ一枚に破れたジーンズ(おしゃれで破いたわけでなく単に破れた)とサンダル姿で半分無職の俺とは、雲泥の差である。
この二人で物語を作るとしたら完全に主役の立場は逆だろう。
なので、なんか彼の指名嬢に逢いたくなくなって、俺はその店に行くことを猛烈に拒否してみた。
しかし、週に1、2回終電前には帰宅という、わずかな時間しか出勤していない学生の指名嬢とお店に行く約束を交わしていた彼は、その店に行かなければ彼女が困るという。
約束を守り、人を思い遣る紳士である。
しかし、俺も漢(おとこ)。一度言ったことは守る。
俺は、いきつけの居酒屋で待ってるあいだに、彼に勝手にキャバってもらうことにした。
我ながら空前絶後の身勝手さだとは思ったが、それが俺の美学である。
さて、そんな美学を突き通したために、すっかり「感じの悪い男」という印象を持たれたとは思うが、ジェントルマンのシン氏は、そんなことはおくびにも出さない。
素晴らしい。
俺なら絶対そのまま帰る。俺と違って、人間が出来ているようだ。
その後は、さすがの俺も自分の行動を少し恥じたのだが、だからといって突然人間が改まるわけもなく、彼が「気まずい指名嬢がいるから行きたくない」と言っていた別の店に、半ば強引に連れて行った。
その店には、友人が指名してたのにバックれた(なんの断わりなく仕事を辞めたという意)、とある嬢が復帰していた。
こいつ、何平然と復活こいてんねん!
そう思って、説教するつもりで俺は、そのコに場内を入れた。
バックレ嬢に指名料を払うのは癪に触るが、シン氏の支払いだと思うと不思議とそれほど腹は立たない。
そのバックレ嬢は、俺の顔を見るなり、
久しぶり〜
と悪びれることなく笑顔で接してきた。
なかなかキュートな笑顔である。途端に説教する気が失せた。正直、キュンときたことを告白しよう。
しかし、所詮はバックレ嬢である。俺は、心を引き締めた。
俺はしばらく平静を装って、トークをこなした。
すると、しばらくして、ボーイが彼女を呼ぶ声が聞こえた。
指名が被ったらしく呼ばれたのだ。
そのとき、彼女は席を立つ前に、俺に、
ねえねえ、連絡先知らなかったから教えてよ〜
と聞いてきた。
俺は、瞬間的に、こう答えた。
イヤだね!!
ちょびっとでも彼女の自尊心を傷つけて、バックレに対して叱責したつもりだったのだろうか。
それを聞いた彼女の反応は、飲み過ぎのためか覚えてない。
ただ、そのときの俺のニヤけた顔がひどく醜くかっただろうことだけは、想像に難くない。
P.S. シンさん、御馳走様でした。今後ともどうぞよろしく。