パーマネント・バケーション(名古屋編3)
さて、名古屋編の最後に、一晩で20万円もの金を散財させた雪だるま氏にかかわることを書いておきたい。俺と対比的なヤリチン人生を送っている意味でも締めに相応しいと思う。
とにかく、この雪だるま氏、なぜこんな奇形サイトに入り浸っているのかと思う程女の子からの受けが良い。確かに清潔感の漂う男だったが、目を引くほどのハンサムとは言えない。にもかかわらず、黙って座っていれば次々と女の子のほうからすり寄ってくるのだ。
例えば、俺が、
嬢「どこ住んでるの?」
独眼鉄「東京だよ」
嬢「ふーん」
独眼鉄「面白いところあるから、今度お出でよ」
嬢「行きたくない」
独眼鉄「じゃあ、たまたま来たらそんとき一緒に遊ぼうよ」
嬢「ないと思うけどね」
独眼鉄「じゃあ、連絡先だけでも教えてよ」
嬢「私自分から連絡しないし、電話も出ないから」
という空しいだけの会話を繰り返しているあいだ、雪だるま氏は、
嬢「どこ住んでるの?」
雪だるま氏「三重のほうだよ」
嬢「面白いところとかある?」
雪だるま氏「××とかあるよ」
嬢「ホントー!そこ行ってみたい!ねえねえ連れて行って!」
雪だるま「いいよ」
嬢「ホントだよ!ホントに連れてっよ!連絡先教えて!」
雪だるま「いいけど、俺忙しいから、あんまり都合付けられないよ」
嬢「私のほうが都合つけるから!」
という羨ましいばかりの会話を繰り広げていた。
正直、落ちつき払って金持ちそうな彼と、切羽詰まった貧乏臭いだけの俺とでは、男として歴然の差があるのだろう。(実際年収計算で10倍の開きがあると思われる(涙))
しかしである。
それにしても、俺だってそこそこトークには自信がある。
幾らなんでも、ここまで人間として差を付けられるのはあまりにもムゴいんじゃないのか、とヤケくそに悶えていたわけだが、ある瞬間に、俺と彼との決定的な差を感じ取ってしまった。
それは、彼がセッティングしたアフターに、無理矢理流れ込んだ俺とうにお氏が結局負け犬のごとく、雪だるま氏を残して先に退散したときのことだ。
俺とうにお氏で、雪だるま氏のことを「あの薄らハゲばかり何でモテんだよ!単なるヤリチンじゃねえか!ファック!」と、散々奢ってもらった身でありながら、ひたすら罵倒していたとき、携帯に彼からメールが届いた。そこにはこうあった。
今日はお疲れ様でした。とても楽しかったです。コラム楽しみにしています。また一緒に呑みましょう!
20万円もの大金を、こんなバカな男達に奢っておいて、この台詞である。
モテるモテないという以前に、人間としての差ここにありき。
まさにそんなことを自覚せざる得なかった瞬間である。
と、いうことで最後に名古屋で悟ったあることを書き記しておきたい。「雪だるま」というハンドネームをみて思い出したのであるが、中国禅宗の祖といわれる達磨大師が、当時の皇帝である梁の武帝とやりとりした有名な問答である。
梁の武帝「朕は寺や仏像をたくさん建て、僧侶も供養している。何の功徳があるのか?」
達磨大師「無功徳(何の功徳もない)」
梁の武帝「では仏法の聖諦第一義(究極の教え)は何だ?」
達磨大師「廓然無聖(さらりとして何もないことだ)」
梁の武帝「(怒って)じゃあ、朕に対するお前は一体何様だ?」
達磨大師「不識(知らん)」
このやりとりは、達磨大師が梁の武帝に、「本当の功徳を求めるなら、現世利益的な功名心を考えて供養するのではなく、そういった功名心さえも解脱して真実に目覚めることが本当の布施と供養である」と教えたのだと解釈されている。
そして、実はこれは、キャバクラで無駄に利益を求めてきた俺と嬢との関係にも当てはまるやりとりであったのだ。
独眼鉄「俺は、キミにたくさんの指名と同伴をして、プレゼントも買い与えている。何の功徳があるのか?」
嬢「無功徳(何の功徳もない)」
独眼鉄「では俺が、君に逢いにキャバクラに通う究極の意義とは何だ?」
嬢「廓然無聖(さらりとして何もないことだ)」
独眼鉄「(泣いて)じゃあ、俺に対するキミは一体何様だ?」
嬢「不識(知らん)」
言葉はやや違えど、幾度となく俺と嬢とのあいだにはこのような会話が繰り広げられてきた。
ようやく気が付いた。
過去の嬢たちは、「振られた」「ヤらせてくれない」などと一喜一憂していた俺を戒めていたのだ、と。(一喜もしたことないけど。。)